"Insight Inside"

湘南台にあるキャンパスまで通う大学生のブログ

明日から社会人

+ No comment yet
明日は4月1日、ついに社会人となる。
うーん、特になにかある訳ではないけれども、就活でむっちゃお世話になった方からメッセージを頂いたり、後輩から素敵なカードを頂いたり、改めて「人に応援してもらって生きているんだなぁ」としみじみ思いました。

大学生活の振り返りはすでに書いたし、卒業式も行っていないので(代わりに参加しているプロジェクトのために時間を使っていたのは、良くも悪くも自分らしい選択)、大学を卒業した感みたいなのは、割りと薄かったりもする…
とはいえ、謝恩会を開催させて頂いたり、プロジェクトメンバーの色紙をもらったり、駆け抜けている合間にも「ああ、卒業するんだなぁ」という感じがしていた。

学生時代って、特に僕のようなシミュレーションのようなグループワークをメインにしていた人にとって、会社で働くというのは「リアルワールド」を体験するということになります。
会社で働いているのは、人間なのであるから、もちろん感情やいろんな価値観、考え、経験(バックグラウンド)などが多様である。いくらダイバーシティがない会社とはいえ、本当にいろんな人がいる。
今回HPAIRというプロジェクトにある程度深くコミットさせて頂いても、本当に同様のことを強く感じた。
いくら頭で物事を考えても、それを実行することができなければ価値はないし、価値を提供できる対象は存在しえない。そういう意味で、今までとは全く違うベクトルの成長をこれからグンとできることに凄いワクワクする。

本日(実務的には先週だけど)をもって、HPAIRの役職からは辞任しますが、本当にお世話になりました。
学生生活の最後に大きなプロジェクトに携わることができて、社会人生活をスタートさせる上で、とてもいいトランジションの期間となりました。
経験不足なこともあり、至らぬ点が極めて多かったですが、それでも一緒に働いてくれたメンバーや、サポートして下さった方に深く感謝申し上げます。

さーて、今日は早く寝て、明日からに備えそう。

次の更に先を考える

+ No comment yet
もうそろそろ2月も終わりそう、部屋の片付けもちょっとずつ始めて、ぼちぼち役所に行って転出届を出さなきゃいけない、そんな感じになってきて新生活の到来を感じている今日この頃です。
(引き継ぎもしなきゃいけないんだよな、これが割りと強敵)

20代って働き初めの10年であって、極めて重要なのは間違いない。すぐれたスポーツ選手も、すぐれた学者も、大器晩成タイプの人でさえも、若いうちに何をやったか、ということはその人の人生やキャリアを語る上で最重要なトピックであると思います。そんな20代をどんな風に過ごそうかなぁと考えると、、、とりあえず闇雲にでもやった方がいいののは、1)TOEFL、2)USCPA、3)読書、だと思うんですね。
間違いなく英語力は絶対必要、TOEICやってもTOEFLやっても英語ができるようにはならないけれども、TOEFLくらいはある程度のスコアを持っていたいっていうのが正直なところ。現在のスコアはオール20で80点なので、もっと伸ばさねば。USCPAもいろいろプロジェクトに参加したりとかで、結局在学中に取れなかったんだけど、引き続き勉強しないと。会計の知識は、サラリーマン辞めて芸術家になる!(実際に会社のOBで作家とかいる)っていう訳じゃない限り、絶対に必要。財務分析的な側面も必要だけど、会計(簿記)のもある程度必要だと思う。あとは、読書。これが最も大切。本を読むって、野球で言ったらランニングみたいなもので。素振りですらないという意味なんだけど、本当に足腰の部分だと思う。歴史、政治思想、宗教、このあたりを中心に読みたいなぁ。どこかのタイミングでイェルサレムに旅行してみたい。

あと、やっぱり大学に戻りたい。休職なのか退職なのか、どうなるのか分からないけど。働くのも楽しいと思うんだけど、もう一回くらいじっくり地に足付けて勉強する期間が欲しい。もしかしたら、60歳くらいにその時が訪れるのかもしれないけど。そのなかで、有力な候補のうちの一つが、MBAなのかなぁと漠然と思う。むちゃくちゃお世話になった教授3名のうち、2名はMBAホルダーだし、極めて「MBA取りたい」って思いやすい環境にいるのは間違いないけど。

ということで、ちょっとMBAについて調べてみた。
ランキングを3種類ピックアップしてみる。

<The Economist MBAランキング>
1.シカゴ大学
2.ダートマス大学
3.カルフォルニア大学バークレー校
4.ヴァージニア大学
5.IESEビジネススクール(Navarra大学)
6.ハーバード大学
7.ニューヨーク大学
8.HEC経営大学院
9.スタンフォード大学
10.コロンビア大学

<Bloomberg Businessweek MBAランキング(米国のみ)>
1.シカゴ大学
2.ハーバード大学
3.ペンシルバニア大学
4.スタンフォード大学
5.ノースウエスタン大学
6.デューク大学
7.コーネル大学
8.ミシガン大学
9.MIT
10.ヴァージニア大学

<Financial Times MBAランキング>
1.ハーバード大学
2.スタンフォード大学
3.ペンシルバニア大学
4.ロンドン経営大学
5.コロンビア大学
6.INSEAD
7.IESEビジネススクール
8.香港科技大学
9.MIT
10.シカゴ大学

いろんな大学があるんだなぁーと思いつつ、3つのランキングでそれぞれ違う大学がランクインしているのに、ちょっとビックリ。
あたり前だけど、3つとも違う評価軸を採用しているはずで、その上で違う顔ぶれになるということは「圧倒的にここがいい」っていうよりも、それぞれのビジネススクールが上手く棲み分けているということの現れな気がする。
うーん、マッピングしたくなりますね。(笑)

なんでこんなことを考えているのかというと、本当にMBAに行きたいのであれば年齢的なこともあるし、1年目からコツコツやらないとダメな気がするなぁということ。TOEFLやGMATもそうなんだけど、エッセイのタネ(ネタ?)とかもそうだし、意外と時間かかりそう。僕はそこまでやいりたことが具体的に明確という訳ではないから(インキュベーションを立ち上げて、スタートアップが集まりイノベーションが加速されるコミュニティ作りをしたい!みたいなもの)、自分自身を縛ってしまわない程度に、なにかしらテーマが必要な気がする。

それこそ1年前の面接でも言っていたのに極めて近いというか同じだと思うけど、やっぱり「現場」と「グローバル」なのかなぁと思う。
ただ、これが本当にアプリケーションを出す時の競争相手と比べて、魅力的な感じなのかどうかっていうのは分からんなぁ。
でも、周りは投資銀行やコンサル、幹部候補生採用された人材が多いと考えると、「現場」をしっかり見てきたという経験は意外と重宝されそうっていう見方もできる。

まぁ長期的にいろいろ考えつつ、いろんな可能性を探ってみよう。

大学生活の終わり

+ No comment yet



ついに、大学生活が終了しました。あとは、成績発表を待って単位がちゃんと取れているかどうかと、卒論が無事に受理されたかどうかを確認するのみです。(これが恐ろしい)

長いようで短かった大学生活(5年も大学生やっていた!)ですが、本当に恵まれていた、という一言に尽きます。

塾高からSFCに入学して、不安しかありませんでした。
不安というよりも、危機感という言葉の方が適切かもしれません。
高校生活では、なにに対してもやる気が起きませんでした。毎日がおもしろくなかったし、部活もそれなりに重要なポジションをさせてもらっていたけど思うような感じにできなかったし(自分に原因がある訳だけど)、勉強もおもしろくなかったし、本当に全てという全てがなんか嫌だった。
というか、本当に毎日人生を強制終了させたくして仕方なかった。どうやったら丸く収まりつつ人生を強制終了できるかばかり考えてた。(だからこそ、そんな時に出会ったライブハウスと数多くのバンドに救われた)
ここで死んだら、稲川淳二の怖い話に出てくる幽霊になりそうだなぁって感じだった。

だからこそ、どうにかしなきゃいけないなぁ、自分の過去とちゃんと向き合って克服しなきゃいけないなぁという思いで一杯でした。
なにか、なにか新しいこと、なにかおもしろいこと、なにか自分を大きく変えることができることを探していました。(本当は「なにか」なんかじゃくて、自分を変えるのは自分自身でしかなかったんだけどね)

SFCにきて、なにか変わるんじゃないか、塾高で一緒だったやつらと違う人生を歩むことで、自分だからこそ提供できる価値を育むことができるんじゃないか、そうしたら何か自分が生きている意味があるんじゃないのかって思っていました。

自分を変えたくて、自分の人生を変えたくて本当に必死でした。
逆に、ここで自分の人生を変えることができなかったら、自分は生きている意味は本当にこれっぽっちもないと思っていた。
だから実は、最後の助けを求めるように藁をも掴む思いでSFCに入学した。

塾高の最後のときに当時まだ珍しかったLCCについて学ぶ機会があって、なんとなく経営に興味を持っていた。だから、経営に関する授業を履修してみた。そうしたら、ラッキーなことにフィット感があるのか一気にのめり込んでいった。日経新聞を読み始めて、日経ビジネスも食い入るように読んで。教科書や参考文献はもちろんのこと、おもしろそうな経営に関する本をガツガツ読んでいった。(だから実はポーターとか王道のものを腰を据えて読んだことがほとんどない)

なんとなくちょっと分かってきたら、LCCについてもっと学んでみようと思って本を買って読んだりした。そうすると、もっと専門的なものを読みたくなるから「運輸と経済」に手を出し始めた。

そんなこんなで2年生になった。
この2年生の時の春学期、これは今でも思い出す。
たくさん人がいる教室、教授との面接、そこで「2年生だけど大丈夫?」って言われて「なんなんだ」って思った。
いま思えば、完全に若気の至りというか、完全に調子乗っていただけだった。生意気にも程があるし、自分の実力の低さをわきまえてなさすぎる。いわゆる黒歴史。
でも、だからこそ必死に取り組んだ。伊藤先生と須藤先生のご指摘は厳しいけど、本当に尊敬できる方で、さらに一気にのめり込んでいった。
100枚はゆうにある資料を読み込んだり、考えてみたり、整理してみたり、さらに資料を100枚くらい読み込んでみたり。
「なんなんだ」って思った割に、できないし、ダメダメ。だからこそ、一気にハマった。経営戦略っておもしろすぎる。楽しくなんかは全くないけど、確かに夢中になっている自分がいた。

同時に、研究会に入ってLCCについて更に学んだ。
周りに知見や知識をお持ちの方があまりいらっしゃらなかったので、自分で片っ端から本を読んで、「運輸と経済」も何年分で関係があるものも片っ端から読んだり、データベースからビジネス誌で関係があるものを何年分も調べて片っ端から読んだ。
当時まだ注目度が低かったのもあるけど、世の中に出回っている書籍、論文、記事のほとんどを読み倒したと思う。

むちゃむちゃおもしろかった。純粋に、新しい知識や考えが増えていくのがおもしろかった。ちょっとだけでも、自分が変わるのがおもしろかった。ちょっと前まで死んだような自分がいたのに、こうやって図書館に夜遅くまで残って何かにハマっている自分がいたのがおもしろかった。

2年生の後半も引き続きだったんだけど、留学したかった。
だから留学のプログラムを探して申し込んだ。もちろん、お金がないのでバイトしなきゃいけない。
結婚式場のウエイター、コンビニ、塾講師、家庭教師、このあたりのバイトをむっちゃ掛け持ちしてた。
朝5時におきてコンビニバイト行って、大学行って、夜は先生をやって。週末は朝から終電まで結婚式場で。
隙間の時間に本を読んだり、作業したり、英語勉強したりしてた。

この時期が一番つらかった。本当に辛かった。図書館にいたら急に吐き気がしてトイレ(大便器)に駆け込んだら寝てて掃除のおばちゃんに起こされたのはいい思い出。
これ、本当に思い出ポイントが高すぎる。(笑)
ある意味自分の限界というか、マジでやる気になれば限界なんて取っ払えるんだなっていうのに気づくことができた。

※写真は、シアトルをベースに運航しているアラスカ航空。
再編がかなり進んでいる米国市場において、地場に強く、
大型合併をしていない数少ないエアライン(LCC以外)。

そして、3年目にはアメリカに留学してみた。
英語、マジで分からない。ホストファミリーは「今まで受け入れた学生は、みんな来たときにあなたよりも英語できなかったから大丈夫。とりあえず意思疎通できてるから」とか言ってるけど、マジで分からない。
ホストの家は90th Streetにあったからバス停も"90th Street"にある。これ、実は「ナインティース」って発音しないで「ナインディエス」みたいな感じに発音するんですよね。当然、分からない。降りるバス停逃す。

留学中もおもしろかった。それまで図書館に籠もるかバイトするかしかしてなかったので、いろんな人に会えたのはよかった。
世の中には、いろんな人がいるんだなぁっていうのに気がついた。
出会った中の何人かは、確実に僕の人生に大きな影響を与えてくれた。
この留学中に尊敬するような友人に出会うこともできたし、自分ではどうすることもできない壁(国籍とか人種とか)にもぶつかることができたし、自分が自分の人生おいてなにをやりたいのかを明確にすることもできた。
SFCにいる時とは違うベクトルの「成長」ができたと感じた1年間でした。

留学で一番得たことはなにかというと、変かもしれないけれども「僕も世界で戦えるかもしれない」という感覚だった。典型的な日本人ということもあり、どこか欧米の方が優っているという意識がどこかにあった。まぁ日本人じゃなくても国内しか知らなくて、海外は知らなくて、自分にとって未知数だったので「やっぱり凄いんじゃないか」みたいな意識がどこかにあった。最初は英語が完璧に聞き取れないこともあって「やっぱり凄いなぁ」って思ってたけど、だんだん聞き取れるようになってくると「あ、意外と普通のこと言ってるわ」みたいなことを思うようになった。同じ大学生や社会人夜間セミナーみたいなのも授業受けてみて、そう思った。確かにアメリカは世界の中心的な役割を果たしているし、優秀な人材が多く集まっていると思う。日本には20前半で博士を取るような人はいないけど、アメリカにはいる。確かにそういうところはあるかもしれなけれども、彼らも同じ「人間」な訳だし、同じ「大学生」な訳である。本当に手が届かないくらい彼らが違うっていうことではない。自分が置かれた環境で常にベストを尽くし、強い意志を持って努力を積み重ねれば、自分もいつか世界で戦えるのだ、ということを実感として得ることができた。そう考えて日本社会を見てみると、世界で大きな役割を果たしている企業はたくさんあるし、ノーベル賞を受賞する科学者もいる。(この実感がHPAIRをやるベースになってたりする)
逆に、アメリカで1年間過ごすなかで、SAT(センター試験みたいなやつ)のスコアと家庭の所得に相関があることを知ったり、ネイバーフッド(町内会みたいな括り)ごとに世帯所得が全く違ったり、フードバンクみたいなものがあったり、同じ社会(文化圏)のなかでもいろんな層があること、いろんな人がいるということに気が付かされた。いかにそれまでの自分の視野や経験が浅いのかというツッコミを頂きそうだけど、文化の違い云々よりも、同じ社会のなかでの多様性みたいなものがあるといことを強く認識した。

帰国後、SFCに復学した。
3年生の春学期では新しく、國領先生の研究会と、上山先生の研究会に入った。また、須藤先生の授業でも戦略立案のグループワークに取り組んだ。航空に関する勉強も引き続き行った。こんなに4つのことを抱えたのは初めて、正直パンク寸前だった。というかパンクしていた。毎週提出のレポートも数本遅れたこともあった。けど、勉強という意味で幅が一気に広がったのはこの時期だった。
國領先生の研究会では、経営学において強いインパクトを残した文献を読んだ。自分の興味で本をひたすら読み漁っていた自分にとって、基本というか、ベースを固めることになった。特に印象に残っているのが"Diffusion of Innovation"。グラフはとても有名なので、みたことがある人も多いと思う。なにかを考える上で、とても役に立った考えだし、参考にした考えだった。
上山先生の研究会では、思想について様々な書籍を読んだ。前提となる授業を履修したものの、思想に関しては全くの門外漢であり、ソクラテス・プラトン・アリストテレスすらよく分かっていない状態だった。だから、正直むちゃむちゃハードだった。だからこそ、むちゃむちゃ学ぶことが多かった。これがあったからこそ、去年の夏の旅行では歴史への興味が更に深まったし、経営以外のことで新しく知ったり学んだりなど、知的好奇心の幅が広がった。
戦略立案のグループワークでは、初めてプロジェクトマネージャーをやった。(プロマネって略すとそれっぽくてカッコイイね。)初めてのことなので、手探り状態だった。正直、プロマネとして素晴らしかったかというと疑問符が付く。けれども、プロマネをやることでWhat to doを適切に設定することの大切さを学んだし、ガントチャートを作ることの大切さも学んだ。プロジェクトを進めて行く上で、計画を立てて必要なことを洗い出すことで時間軸を持って進めることの必要性を実感したし、なにをすべきなのかということを明らかにする必要性を感じたし、危なさそうなところを察知して対応する必要性も学んだ。また、プロマネであるからチームを纏める必要があるんだけれど、どうやったらチームとしての成果を高めることができるのか、ということにも向き合った。タスクのお願いの仕方一つにせよ、相手の自主性を意見をいかにして引き出して尊重するかにせよ、とても多くのことを学んだ。上手くできたとは思えないけれども、なにが大切なのか、ということを実感として認識できたのは大きな財産になった。

3年生の秋学期は、ほとんど春学期から引き続きという感じだった。
取り組んだそれぞれのことについて、深めることができただろうか…振り返っても不安になるけれども、少しはマシになったと思う。
戦略立案の授業では、テーマがM&Aだった。アカウンティングについてはそこそこ勉強していたけれども、ファイナンスは全くもってよく分かってなかった。夏休みに参加したインターンで少し触れていたのが幸いだった。もちろん、統合プロセスなど組織的なところはよく分からなかったけど、数字に関して少しは理解したのは大きかった。
あと、この時期の大きなイベントは就職活動。僕の就活は、間違いなく恵まれていた。出会った社員さんにせよ、アドバイスをくれる友人や先輩にせよ、いろんな方の助けがあってこそだった。また、就活を通して「自分がどう働きたいのか」ということがクリアになった。どういう価値観を大切にしたいのか、とも言い換えられるかもしれない。就活は「運と縁」というのは言い得て妙だと思って、当初はあまり興味がなかった会社の社員の方にいざ会ってみると、とても共感する部分が多くて最終的にそこに決めた。最後は伊藤先生と須藤先生に連絡して相談した訳だけど、頂いたアドバイスが本当に参考になったし、背中を押して頂いた。お二人とも一流のコンサルタントであるのだから、やはりアドバイスをして頂くのは一流だし、相談するという意味では世界最高級のサービスを体験した。(本当に尊敬しているし、お二人のいうことなら、例え宇宙人が日本に侵略しているみたいなことでも「なるほど!」って思う。)
さらに、これが僕のなかで自分の価値観みたいなものを強くした経験なんだけど、スタートアップに少しだけジョインさせて頂いた。秋にジョインして、年末から2月くらいにかけて本格的に参加した。オフィスに寝泊まりしてビジネスプラン書いたり、喧々諤々議論をしたり、インテンシブに充実していた。ここで学んだことは、人として正しいことしたい、ということと現場の大切さだった。いくら綺麗なビジネスプランを書いたところで、そのプランが現場で実行できなくては意味がない。100点のビジネスプランも、実行できなくては価値はゼロである。ちょっと考えればすぐ分かる当たり前のことかもしれないけれど、自分の体験として、自分の言葉として言えるようになったのは、本当に大きな財産であった。(だからこそ、就活で現場に重きを置いている会社は魅力的だった)この体験があるからこそ、今後なにをするにしても(自分がマネージャーとかになった時に)現場の人の意見を十分に伺いたいと思うし、頭でっかちにはなりたくないと思う。

4年生の春学期は、なんといっても戦略立案のグループワークが大きかった。扱った企業は、間違いなく最もチャレンジングだった。喧々諤々と議論せど、結論が出ない。分析を重ねど、そこから戦略的自由度を高めるところにジャンプできない。かなりしんどかったし、自分の能力の限界を強く感じた。いま振り返って「なぜブレークスルーできなかったのか?」ということを考えてみると、やはり「考えた時間が必要数を越えていなかった」ということに尽きるように思う。創造的なことというのは、もちろん右脳どうこうもあるんだろうけど、個人的には考えぬいた先にあるものだと思っている。分析のフェーズに時間をかけすぎてしまった(データからのメッセージや意味合いを引き出すのに時間がかかりすぎてしまった)ことにより、予定からビハインドしてしまった。ここは、完全にチームリーダーとしての僕のマネージミスだった。かなりチャレンジングだったからこそ、とても悔しかった。ギリギリのシチュエーションこそ、自分の本当の実力だったり、物事に対してどれだけ理解が深いかということが試される。できるならば、再度チャレンジしたい。

4年生の秋学期は、戦略立案のグループワークでは、レガシーな大企業の戦略立案ではなくビジネスプランの作成に取り組んだ。まず、一番最初にコンセプトを決める訳だけど、ここでは自分の視野の広さ、アンテナの高さが試される。なかなかシンドい。自分が普段触れてないようなことを考えたり頭に思い浮かべるのは困難を極める。そうすると、いかにして一定の分野においてMECEに物事を切って言って全体観をもって考えるか、ということが必要になる。うーん、難しい。結果としては、そこそこそれなりのものができたように思うけど、なかなかデータがない分野だと、確信を持って判断すること(確信はいい過ぎかもしれないけれど、拠り所的な感じ)はできない。これがシンドい。ただ、チームメンバーが優秀であり、大方針を示すことによって上手く各人がプロジェクトを進める。今回のプロジェクトで学んだ最大のことは、各人の強みを鑑みた上で作業や担当パートをお願いする、これはプロジェクトを円滑に進める上で極めて重要である、ということだった。人間にはえてして得意・不得意がある。もちろん、その人が得意なことをやって頂いた方がお互いを補完して、チームとしてのパフォーマンスを向上させることができる。
また、この学期はゼミのSAを務めさせて頂いた。具体的には、原則毎回行うアカウンティングテストと、そのサポート的な位置づけのサブゼミの運営、授業の企画・運営、その他付帯業務でした。会計について、BS・PL・CFの基本的なところから、DCF法まで行った。正直、かなりチャレンジングだったけれど、なんとか最後まで行うことができた。本当に、これはゼミ生のみんなやサポートして下さった博士の方のおかげで。サブゼミで僕が簡単に説明を行うんだけど、いかに「最も重要なことはなにか」「押さえなくていけないポイントはなにか」ということを考えて、できるだけ分かりやすくスライドに纏めた。これ、自分の会計に対する理解を深めるのに本当にいい経験だった。また、相手に対していかに分かりやすくポイントを伝えるか、いかに相手にどれくらい伝わったかをちゃんと感じ取る、いい経験になった。授業の企画・運営ということで、僕個人としてはケースを2回担当した。こちらに関して、あまり出来がよくなかったのが心残り…いろんな事情があるにせよ、結果は結果なので、どこがダメなのかというのを振り返ると学びが多くあった。意外かもしれないが、ゴールの設定が甘かった。いかに頭でキッチリ基本的なところ抑えることの積み重ねを理解していても、できていないことに気がついた。基本的なことの積み重ねが本当に結果に直結するということを失敗することで改めて思い知った。


大学生活を通して思ったのは、いまの自分って全てにおいて「誰か」で構成されているということ。お金なり、時間なり、労力なり、誰かが僕に「投資」して下さった結果である。学費だったり躾をしてくれたのは親だし、基礎学力を高めてくれたのは塾の先生だったし、経営や戦略の基本を教えてくれたのは大学の先生だった。それだけでなく、自分が取り組んでいることに対して、サポートして下さった方もたくさんいた。現在の自分って、当然過去の積み重ねで構成されていて、その過去において決して自分ひとりでなにかをやったことなんて無かった。いろんな方の労力や時間などが注ぎ込まれて今の自分がいる。それを痛感し、感謝し、自分も誰かにできることはしよう、"pay it forward"しようと思った大学生活だった。

今までお世話になった方たちに、僕が提供させて頂けることなんて限られていると思う。けど、4月から死に物狂いで働いて自分の職場や周りの人、会社に、社会に貢献することこそが、恩返しになると思う。

再度になるけど、大学生活5年間、本当に恵まれていた。間違いなく、人生のなかで最高の5年間だった。いろんな出会いがあって、偶発的なもので、これこそ人生の醍醐味のような気がする。いま感じている「これからいよいよ人生始まる」っていう感覚、とても楽しい。これから更にたくさんの辛いこともあるけど、それを一つ一つ逃げないで乗り越えることができれば、その先に更にたくさんの嬉しいことが待っているような気がする。

自分の人生なんて変えられないと思っていたけど、自分なりに必死になって取り組んでいたら、変えることができた。自分の人生なんて価値が全くない、意味のないものだと思ってたけど「ちょっと違うかも」って思い直すことができた。この感覚って極めて大切だし、暗雲しか立ち込めてなかった自分の人生に、一筋の光が見えた感覚だった。この一筋の光を見るために、いろんな出会いがあったし、いろんな辛いことがあったし、いろんな楽しいことがあったし、いろんな歓びがあった。僕はまだまだ未熟だし、一人じゃなにもできないし、迷惑ばかりかけている。けれども、その分周りに居てくれる人に、周りで協力してくれる人に「ありがとうございます」と伝えたいと思う。

これから、また再び素晴らしい出会いがあるかもしれないことに、本当にワクワクする。